素数に恋する女

♥第6話♥

素数とは秘密の数である

まゆ:今年の国勢調査から、インターネットで回答できるよぉになったん、知っとぉ?(※1)

とも:そぉいや、家にIDとパスワードが入った封筒が来てたわ

まゆ:でも、インターネットで個人情報送るの、怖くない?

とも:そう言われるとそぉやなぁ。国勢調査って名前とか、性別とか、住所とか会社で何しとぉとかも答えんといかんよね。神戸の商社勤務で、美しい妙齢の乙女が一人暮らししてるのが、第三者にばれると怖いかも

まゆ:そぉそぉ、行き遅れたお局様が虚しく一人暮らしをしていることなんて、第三者に知られたくないよね

とも:知らん人が聞いたら本気にするやろ!それに、あんたも未だに独身やろ!

まゆ:ま、そのぉ、こぉいう話ですら、隣の席の人に聞かれる危険性があるんやけども、インターネットには他人に盗み見られないような暗号化通信っていう仕組みがあるんよ

とも;通販とかでクレジットカード番号入れるページとか、だよね。“https://〜”から始まるアドレスのページ

まゆ:そう、それそれ。httpsの「s」は、実は素数の「s」やねん(※2)

とも:嘘つけ!素数やとしても、なんで日本語の頭文字やねんな!

まゆ:でも暗号化通信は「素数」を使ってるねん

とも:意味がわからん!

話が長くなるので、まゆの話をまとめると、暗号化通信の仕組みは下記の通りである。

まゆ:その「公開鍵」というのは、2種類の素数を掛け合わせた数で構成されてるねん

とも:まじで?

まゆ:まじです!

暗号化通信の仕組み1

とも:で、その2種類の素数を掛け合わせた数がなんで、暗号化通信で使われるん?

まゆ:たとえば、ともがパソコンから「行き遅れたお局様が虚しく一人暮らしをしている」という情報を、サーバーへ送ったとする。

とも:あんた、私にケンカ売っとぉやろ!

まゆ:まぁ、これは情報の一例ということで…でも、インターネット上の暗号化通信では、その情報は「2種類の素数を掛け合わせた数」を使って暗号化されるので、悪意のある人がネットワークの途中で情報を盗み取って解読することは、ほぼ不可能

とも:よぉわからんなぁ。その2種類の素数は、どういう場面で必要なん

まゆ:サーバーは2個1組(ニコイチ)の「秘密鍵」というものを持っていて、その秘密鍵こそが「素数」

とも:つまり、私のパソコンが、https://のページにアクセスすると「2種類の素数を掛け合わせた数」が渡され、その数で通信を暗号化して、サーバーへ送信する。そして、サーバーが持っている2種類の素数と、私が持っている「2種類の素数を掛け合わせた数」が一致したときに初めて、暗号を解くことができるわけやね

まゆ:そゆこと

とも:でも、それって、コンピュータの世界のやりとりやから、一瞬で解析できるんと違うん? この前、作ったExcelの素数判定数式は、一瞬で素数を判定するんやから、その要領で2種類の素数なんて、すぐに解読できそうやん

まゆ:甘いな!公開鍵の数から、もとの2種類の素数を割り出すのに、相当な時間がかかるんよ。元の数から2つ(以上)の素数を割り出すことを「素因数分解」っていうのは知っとぉやろ

とも:Zzzzz...

まゆ:寝るな!だらしないお局様が行き遅れて一人暮らししていることをばらすよ!

とも:わかった。あること、ないこと言われそうやから、気合いを入れて起きとくわ。

暗号化通信の仕組み2

まゆ:素因数分解って、コンピュータが高度に発達した現在でも、簡単に計算できひんのよ。たとえば、たった50桁の数の素因数分解をするのに、140億回の計算を繰り返さんとあかんらしいで

とも;人間やったら気が狂いそうになるわ

まゆ:その通信を1秒足らずで行うので、盗み見ようとしている人が、リアルタイムで暗号を割り出すのはまず不可能

とも:ポーアイにある処理能力世界一のスパコン「京」でも無理なんやろか?(※3)

まゆ:たぶん、すぐに解読は無理かも。232桁の数の素因数分解するだけでも、日本とヨーロッパにある300台のスパコンを使って3年もかかったんやって

とも:コンピュータでも苦手な計算があるんやなぁ

まゆ:コンピュータも、掛け算は一瞬でできるけど、割り算は難しいんよ

とも:まるで小学生のころの私みたいやw

まゆ:ちなみに有名な通販サイトのクレジットカードを入力するページがあるサーバーは600桁以上の数の公開鍵を使っているらしい。232桁の数の素因数分解ですら300台で3年もかかったことを考えると、約600桁を素因数分解するには単純計算で300台のコンピュータを使ったとして、8年以上もかかる計算になるわ

とも:へぇ。素数って凄いなぁ…と、今、初めて思ったわ

まゆ:素数って強くて素敵って思うやろ?な?惚れるやろ

とも:素数の凄さはわかったけど、この話、どうやってオチをつけようか悩むわぁ

まゆ:オチはいらん!私は真面目に素数のすごさを啓蒙してるだけやから。あ、あんた、オチのことしか考えてなかったやろ

とも:じゃあ、オチの部分は1700万桁の素数の組み合わせで暗号化にしたということにして、解読は読者にしてもらおう

まゆ:むちゃくちゃなオチや

♥ 脚注 ♥

※1 インターネットを使った国勢調査
 国勢調査は1920(大正9)年から、統計法に基づき、全国民を対象に5年に1回実施されている。日本に限らず、主要先進国でも全国民を対象とした国勢調査が実施されている。
 日本の場合、調査結果は福祉施策や生活環境整備、災害対策、地方自治体への交付金の参考などに使用される。
 2015年からインターネットによる調査も実施されたが、IDやパスワードが開封された状態でポストに投函され、なりすまし回答も可能ではないか…などの懸念が出ている。
 なお、統計法によると、国勢調査を拒否したり虚偽の回答をすると「五十万円以下の罰金」という罰則がある。
→ 関連リンク:国勢調査2015キャンペーンサイト

※2 HTTPS
 「HTTPS」とは「Hypertext Transfer Protocol Secure」の略。そもそも「HTTP」(Hypertext Transfer Protocol)はWebページを作成するときの言語・ルールであるが、「HTTPS」は暗号化通信でHTTPをやりとりする仕組みのことである。
 前述の通り「HTTPS」の「S」は、Secure(安全な)という意味で、素数のことではない。
 当サイトも2016年6月からHTTPSへ移行。このページを見ているあなたの端末にも2つの素数を掛け合わせた公開鍵が取り込まれている。

※3 スーパーコンピュータ「京」
 理化学研究所計算化学研究機構と富士通が開発した、世界最高の処理速度を誇るスーパーコンピュータ。神戸市中央区ポートアイランド(地元の人は「ポーアイ」と略す)にある。
 名前の「京」は「浮動小数点数演算を1秒あたり1京回おこなう処理能力」をもつことにちなむ。どれだけ凄いのか、素人には、よくわからないが、公式サイトによると「例えば2年かかっていた心臓のシミュレーションが『京』では1日でできる」とのことだ。
 ともは「京コンピュータ」と聞くと「神戸どうぶつ王国にいるハシビロコウ」を真っ先に連想するアナログ人間である。
→ 関連リンク:理化学研究所 計算化学研究機構

素数姫の素数入門

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LastUpdate 2015/9/15
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